週刊金曜日掲載「還付金詐欺事件」
こちらは、週刊金曜日2020年1月24日号に前編が、2020年2月7日号に後編が掲載されました。
この原稿を書くキッカケとなった事件については、2020年1月24日号で書いているので割愛します。
さて、それでは何を書くかといえば、どうして私がこんな記事を発表しようと思ったかと言う話です。
それは、警察に行って還付金詐欺被害に遭ったことと、被害届を出すことを伝えたあとのことでした。被害届は、ちゃんと書式があるので後日改めて作ってもらうことになり、用を済ませて警察署をあとにした直後から、私は「どうやって損失を取り戻すか?」と考えました。
少なくとも、振り込め詐欺は電話ですべてが完結しているため捕まりにくいこと(IP電話で電話番号も偽装されていて、番号から犯人を追跡するのは難しいそうです)、銀行が被害を補償してくれないことは刑事に言われたので、全面的に泣き寝入りをするか、どうにかして盗られた分を取り戻すか、という選択肢しかなかったわけです。
ちなみに、被害届については相談から2ヶ月半近く経った7月下旬にやっとできあがりました。と言うのも、6月にG20サミットがあったのはもちろんのこと、中野警察署で別件の詐欺事件で大捕物があったため、担当刑事がそちらにかかりきりになっていて、被害届の作成が遅れたからだそうです。話を聞いたら、「そりゃあ、そっちを優先するわな」と思いました

それはともかく、記事の後編にも書いた通り、取られたお金は旅行用に貯めていたものでした。私は貧乏作家ですが、チマチマと500円玉貯金で旅行資金を貯めていたんです。12月にトルコに行きましたけど、それは「恥じらいベリーダンス」の取材という名目があったので、まったくの別枠です。
で、本当は別のところにビジネスクラスで行きたくて、目標額にほぼほぼ到達し、あとはタイミングを見計らうばかりになっていたんですよね。そのお金を、こういう形でほぼ丸々奪われたことに、腸が煮えくりかえるような怒りはありました



が、怒ったり悲しんで愚痴っていても事態は改善しません。それより、どうすればこの損失を取り戻せるか、という前向きな思考をしないと、精神衛生上もよくないわけですよ。
そのときに、「そうだ! これって、金になる原稿を書けるんじゃね?」と閃きました

プロ作家で、実際に還付金詐欺被害に遭った人は、少なくとも私が調べた限りはいません。
となると、これは経験談として売れる原稿になるかもしれない、と思ったわけです。
幸いと言うべきか、私はホームレスになった経験を本にしたり、熱中症で救急搬送された経験を記事にしたりした松井計さんという知り合いがいます。そうしたことを本人から聞いて知っていたので、珍しい経験はやりようによってお金にできる、と分かっていました。
加えて、私自身が過去に某企業から内定取り消しを受けて、それがプロ作家デビューへの道に繋がったこと、次兄が脳内出血で倒れて高次脳機能障害になりながらも社会復帰し、障害者団体を主宰していること、数年前になくなった知り合いの作家が病床でも自分の病気をネタに原稿を書き続けたことを知っている、という点も、私の心を前向きにしてくれましたね。
特に、次兄は脳をやっているのでどうしても一生治らない障害ですし、亡くなった人も帰ってきません。そういう人と比べたら、私の損害などいくらでも取りかえしがつきます。
そこで、すぐに何があったかを記憶にある限りすべて記録しておき、仕事の合間を縫って企画書を作りました。
残念ながら、この詐欺犯との会話は録音していなかったので記憶に頼るしかなかったのですが、不幸中の幸いと言いますか、私は警察へ行く前に必要な情報を文章としてまとめていました。口頭での説明では、どうしても不充分になりますから、紙にプリントした文章を持って行って、補足する形で口頭説明すればいいだろう、と考えたわけです。
結果、被害届も私が持って行った文章を元に作ることになり、きっと刑事さんも楽ができたと思います(笑)
この大元の文章があったおかげで、記憶を辿るのも楽ではありましたね。
ただ、この時期はちょうど「兄嫁とふたりの人妻」の原稿を書いていた頃で、小説の仕事をやりながら、時間を見て犯人とのやり取りを可能な限り書く、という作業をしていたので、記憶的な意味では楽でしたけど、時間的な意味ではなかなか大変でした。記憶が薄れないうちに、書き留めておきたかったですから。
ところが、何があったかを可能な限り書いた上で、企画書を作ったまではよかったのですが、ここで企画書をどこに見てもらうか、という大きな壁が立ちはだかりました。
もっと著名な作家なら、付き合いのない出版社にも「こういう作品を書いている者ですが、こんな経験を記事にしたいので企画書を見てもらえませんか?」と持ちかけられるのでしょうけど、私程度の売れない官能作家では、企画書を送っても梨のつぶてになってしまう可能性があります。
そこで、前述の松井さんに相談してみたところ週刊金曜日を紹介していただき、企画の検討をしてもらえることになった次第です。
実のところ、私個人の思想信条としては週刊金曜日の方向性とはまったく相容れないのですが、還付金詐欺被害についてはそんなのは関係ないですからね。この際、掲載してもらえるならどこでもいい、という割り切った気持ちで打ち合わせに挑み、無事に掲載が決まった次第です。
そんなわけで、あとは原稿を書くだけという状況になりました。前述の通り、もともと記録はしてあったので、あとは必要な情報を取捨選択して規定枚数に合わせつつ、齟齬のないように文章を整えていくだけ……だったのですが、実はこれがとても苦労しました。特に前編は、ページ数の都合もあってだいたい半分近くまで情報を削りましたよ

また、小説なら齟齬がないようにしつつも、セリフを大幅に変更したりして行数を調整できますが、これはルポルタージュなので、嘘がないようにしなくてはなりません。少なくとも、犯人が言ってもいないことは書けないですし、言った言葉をそのまま書くのも難しいですから、調整に難儀しました。
加えて、小説の仕事も普通にやっていましたからね。私は並行作業ができないので、小説を完成させてから本腰を入れてこの原稿に取り組んだものの、最後の数行などはどうしても削れずに頭を抱えたりもしていました

ようするに、週刊金曜日で記述した還付金詐欺の流れは、全体としては6割くらいに端折ったものなんです。もっと書きたい気持ちはありましたが、雑誌のフォーマット上、前後編にしてもらえただけでもありがたいと言うことで、行数の問題は諦めるしかありませんでしたね。
そうして、昨年9月の下旬には原稿が出来上がり、あとはゲラチェックなどの作業をしながら掲載を待つばかりとなりました。
ただ、当初は11月中には載るかな、と思っていたんですよ。実際、8月の打ち合わせ時点では「10月末~11月頃」という話でしたから。10月は難しくても、11月なら大丈夫だろう、と高を括っていました。
ところが、昨年後半は政治的なあれこれが多々出てきて、政治色の強い週刊金曜日はそちらを優先することになってしまったのです

おかげで、掲載が越年することになって、本文中の情報が古くなったために数字を書き直したり、グラフを新しいものに差し替えたりする必要まで出てきましたね。まぁ、ここらへんは私ではなく担当編集氏の仕事でしたが。
年明け後も、国の内外で政治的なあれこれが続いていたため、1週予定が飛んだり、一時は「掲載がいつになるか分からない」と言われたりして、本当にヒヤヒヤしました。
もっとも、原稿料自体は昨年のウチに振り込まれていたので、あとは2月8日の講演に間に合うかどうか、という心配だけだったのですけど。
このような流れの末に、、週刊金曜日2020年1月24日号に無事、前編が載ったのでした。後編が1週飛ぶのは、この号が発売されて初めて知りましたが

それにしても、本文を見た人は、私が詐欺犯の電話を受けた際に取った手書きメモも見たかと思います。詐欺犯はここまでやらせる(こともある)んだ、という意味もあって掲載することにしましたが、こんなことになるとは思ってもみなかったので、自分用の汚い殴り書きでお恥ずかしい限り(^_^;
ただ、メモがあったことで臨場感は伝わったと思います。詐欺犯は、リアリティのためにこういうこともさせるわけです。
とはいえ、こんなものも書いたりはしたものの、別に社会派作家に転じようという気はありません。ただし、私が単なる官能作家ではなく、こういうものも書こうと思えば書ける人間だ、とアピールはしたかったかも(笑)
とにもかくにも、自分が被害を受けた経験を、この記事はもちろんのこと一人でも多くの人に伝えていくことで、今後の詐欺被害拡大を少しでも防ぐ手助けができれば、と考えています。
皆さんも、「還付金」などの電話にはくれぐれも気をつけましょう。「自分は大丈夫」と油断していると、明日の被害者は自分かもしれませんよ。